年末になるとどこでも聞かれる第九ですが、あまり和声についての分析が多くないことに気づきました。
多くの団体で毎年のように演奏されているので、少しくらいは気になっている人がいるだろうと思ったので、今回は4楽章の冒頭を分析してみたいと思います。
黄色い楽典と芸大和声のI巻を読んでいるとより分かりやすくなると思います。
分析
※小節番号についてはドイツ語の小節(Takt)の頭文字を取ってT.2のように書くことにします。
3楽章が穏やかに終わって4楽章に続きますが、この冒頭の和音は当時としてはかなりショッキングな響きだったのではと思います。弦楽器は休みなので、音がある部分のみ楽譜を載せておきます。
T.3~7の分析
一旦最初の和音は飛ばしてT.3,4の和音を見てみると、ニ短調の主和音であるIの和音が続いています。
T.5からは臨時記号がついていて少し込み入った和音になっているので、簡単にまとめました。
臨時記号がついている部分は転調していると考えるとスムーズに分析ができます。
つまり、ファ♯とシ♮が出ている部分はト長調(G-Dur)に転調しています。ト長調はニ短調から見ると下属調の同主調にあたります。
ソ♯はイ短調の導音と考えられるので転調したとも考えられそうですが、イ短調にはシ♭が出てきません。
これはドッペルドミナントと呼ばれる和音で、芸大和声ではII巻の最初の方に出てくる和音です。ドミナントのドミナント、つまりダブルドミナントをドイツ語で言ったものがドッペルドミナントです(ハ長調だとレ、ファ♯、ラの和音、つまりIIの和音を長3和音にしたものが基本的な形になります)。
ドッペルドミナントにはさまざまな変形があるのですが、上の楽譜にあった和音は次のように変形して導けます(左から順にドッペルドミナント、それの7の和音、それの第5音下方変位、それの根音省略形、それの転回)。
このように転回されて増6度を持つものは増6の和音と呼ばれています。余談ですが運命の1楽章の、3個目のフェルマータの直前に同じ増6の和音が出てきます。
冒頭の分析
さて、遡って冒頭の和音について考えましょう。
構成音は下からファ、ラ、シ♭、レの4音です。3和音を無理やり作ろうとするとニ短調のIかVIが考えられるでしょう。
VI7の第二転回形とまとめて考えることができますが、よく見るとシ♭はメロディーのように高音域にしかありません。
T.3,4の和音がIだったことを考えると、冒頭もIで、そこに本来2度下がるはずの音(=倚音)であるシ♭が同時に存在していると考えるのがいいと思います。
2回目の和音の分析
歌が入る直前にも同じような和音があります。楽譜はこのようになっています。
最初の1回目よりも構成音が多く、下からファ、ラ、シ♭、ド♯、ミ、レ、ソとなっておりd-mollの音が全て使われています。
音が多いので適切に並べて分析する必要がありますが、一旦ベートーヴェンの月光の1楽章を考えてみたいと思います。中間部に似たような複雑な響きの和音が出てきます。
この和音は上がドミソ、低音がシで、次の小節で上の和音が倚和音的に解決します。これと冒頭の倚音の考え方を組み合わせて同じように考えられないでしょうか。
構成音が多いので和音と和音が重なっているという考え方をしてみます。やはりすぐにニ短調のIの和音に集約されるので、Iの和音の上にV9(もしくはその根音省略形)が重なっている状態なのではないでしょうか。
無理やり記号で書くとするならV9/Iという形で、V9が本来2度下がって解決する和音(=倚和音)なのに解決しないで存在しているという考え方です。
まとめ
ベートーヴェンの驚くべき和音は和声の中で出てくる基本的な和音の組み合わせだと考えることができましたが、芸大和声のI巻の内容でここまで驚くべき効果を発揮できることが大変驚きでした。
他の参考文献を使って分析を進めようと思ったのですが、本でもインターネットでも見当たらなかったので独自の考え方でまとめています。
もし他のアイデアやいい文献を知っている方がいたら紹介してもらえると助かります。
「こんな内容を扱ってほしい!」というリクエストがありましたら、こちらのフォームから入力していただけたら、ふとした時にまとめるかもしれません。