コラム

ハチャトゥリアン『ガイーヌ』の曲目解説を執筆しました!

今回は少し毛色の違う内容です。近衞樂友会オーケストラの第12回定期演奏会の曲目解説を執筆しました。

 「初演の前日になって、どうしてももう一曲新しい舞曲が必要だということになった。午後三時からとりかかったのだが、真夜中を過ぎても手がかりがつかめない。時間だけがむなしく過ぎていく。私はさまざまなリズムを指でたたいて試してみた。何か新しいリズム、剣をもって舞うにふさわしい激しいリズムが必要だった。…明け方近く、ついに新しいリズムがみつかった。それが『剣の舞』だ。」

 あまりにも有名な『剣の舞』について、ハチャトゥリアンの弟子だった寺島伸夫氏が語っている驚きのエピソードです。

この曲は小学校の鑑賞教材として教科書にも載っているので、聴いたことがある人もかなり多いのでは、と思います。

 『ガイーヌ』を作曲したのはアルメニア人の作曲家、アラム・ハチャトゥリアン(1903〜1978)です。

18歳の時まで楽譜の読み方さえ知らなかった彼ですが、故郷グルジアの民謡や吟遊詩人が歌う各地の民族音楽に親しんでいたため、それらの語法が色濃く現れている作品が多いです。

例えば下の楽譜は『アイシェの目覚めと踊り』の最後に現れる音の並びなのですが、ピアノで弾いてみると長調とも短調とも異なる独特な響きがすると思います。

 今回演奏するバレエ音楽『ガイーヌ』は全4幕からなる作品で、アルメニアの国境に近い山間のコルホーズで働く若い女性、ガイーヌの物語です。

今回は原典版の組曲から抜粋したオリジナル版で演奏します。

ストーリー(原典版)

 主人公ガイーヌと弟のアルメン、妹のヌーネと恋人のカレンたちは綿花の取り入れに追われている。ガイーヌの夫であるギコだけは酒飲みの怠け者であり、ガイーヌはギコの不義理を戒めるが、それが喧嘩に発展してしまう。そこに国境警備隊長のカザーコフがやってきて歓迎の踊りが始まる。ガイーヌがカザーコフに花束を贈るのを見て、ギコは乱暴に花束を奪い姿を消す。そんなギコに3人の密輸業者が会いにきて、横領した公金を分け合い綿花倉庫に火を放ち逃亡する相談をする。それを聞いたガイーヌは夫を戒めるもののギコに監禁されてしまう。

 コルホーズの近く、クルド人が住む山地ではアルメンとクルド族の少女アイシェたちが暮らしている。そこにギコ達が現れて、アルメンに道を尋ねる。不審に思った彼はクルド人の若者にカザーコフを呼びに行かせる。それを知ったギコ達はアルメンを殺そうとするが、間一髪のところでカザーコフが現れ、3人の密輸業者らを逮捕する。ギコは綿花倉庫に火を放ち、騒ぎに乗じて逃げようとするがガイーヌに見つかってしまう。そこでギコはリプシメを崖から落とすと脅したが、それでも譲らなかったガイーヌを短剣で刺した。彼女の悲鳴を聞いて来たカザーコフによってギコは逮捕される。看病の末、ガイーヌとカザーコフの間には愛が芽生えた。その1年後、再建された倉庫の竣工式と、ガイーヌとカザーコフ、アルメンとアイシェ、カレンとヌーネの結婚式が行われ、全員の祝福のうちに終わる。

1. アイシェの目覚めと踊り

 冒頭の「目覚め」の部分はバスクラリネットと低音楽器で始まり、ピッコロの民族的な旋律が続きます。その後「アイシェの踊り」の部分では3拍子になり、ヴァイオリンが主旋律を、サックスが対になる旋律を演奏し、オーケストラ全体で踊りの旋律を演奏します。

2. クルドの若者たちの踊り

 ソロクラリネットで曲が始まりますが、他の曲でも似たような導入が見られるのでハチャトゥリアンお気に入りの導入だったのかもしれません。「テッテレテッテレ」というリズムが特徴的な旋律に続き、中間部では、弦楽器にハ長調のテーマが現れます。再び冒頭の旋律に戻ったあと、低音楽器によって静かに曲が終わります。

3. ばらの少女たちの踊り

 第4幕の冒頭、祝典の場面で演奏される曲です。軽快な「ターラッタッタッ」という旋律が管楽器で演奏されます。その後もメランコリックな旋律、牧歌的な旋律が現れますが、毎回この旋律に戻ってくるのでロンド形式と言ってよいかもしれません。コルネット(今回はトランペットで演奏)とチューバフォン(鉄琴の板を管状にした楽器)の対話にもぜひ耳を傾けてみてください。

4. カーペットの刺繍

 クラリネットの民族的な旋律が、116小節にも渡るシの音に乗って演奏されます。中盤ではラ♭の音に乗って小太鼓、フルート、クラリネット、弦楽器のピチカートが演奏され、雰囲気がガラッと変わります。その後は再び冒頭の形に戻り、曲が終わります。

5. 子守唄

 ガイーヌとギコの子どもであるリプシメのために歌う子守唄です。オーボエのソロで始まり、短調のような穏やかなフルートの旋律が演奏されます。その後はオーケストラ全体で不思議な音階からなる旋律を演奏し、冒頭の旋律が再び現れて曲が静かに終わります。また、この曲ではカンパーネという珍しい楽器が演奏されます。

6. 歓迎の踊り

 ピアノと打楽器が鳴り響き、ヴァイオリンとヴィオラがイ長調の旋律を演奏します。ファンファーレの後で変ロ長調に転調しますが、旋律を繰り返して8分の3拍子が現れる部分は何とも言えない浮遊感があり、ハチャトゥリアンらしい語法だと思います。

7. 序奏と長老の踊り

 「序奏」の部分ではホルンとトロンボーンがファンファーレを鳴らし、弦楽器と管楽器で交互に旋律を演奏します。クラリネットのソロのあとで「長老の踊り」が始まり、ヴァイオリンの強烈な不協和音、ダイラ(太鼓のような楽器)の演奏に続き、緊張感を保ったまま曲が終わります。

8. アルメンのヴァリエーション

 ガイーヌの弟、アルメンの踊りの音楽です。ヴァリエーションというのは「変奏曲」と訳されることが多いですが、ここではバレエ用語でソロで踊られる踊りのことを指します。金管楽器から曲が始まり、オーケストラ全体で堂々と旋律を演奏します。

9. 剣の舞

 クルド人の出陣の曲で、ティンパニとオーケストラ全体の演奏から始まって管楽器が軽快な旋律を演奏します。トロンボーンはスライドを動かして演奏し、その間ヴァイオリンとヴィオラが激しく裏打ちをしています。途中のサックスとチェロが旋律を演奏する部分は、実は3拍子と4拍子が重なっている複雑な部分になっています。

10. ガイーヌのアダージョ

 変ロ短調のチェロの旋律から曲が始まります。旋律はヴァイオリンに受け継がれ、ハープを伴ってヘ短調で曲が終わります。

11. 火焔

 低弦のピチカートとファゴットの旋律から曲が始まり、常に調が定まらない状態で曲が進んでいきます。旋律の展開の仕方、和音の使い方などがかなり複雑で、ハチャトゥリアンの技術の高さが伺えます。金管楽器やハープ、打楽器が激しく演奏し、最後は鐘が鳴り響いてホ長調の和音で曲が終わります。

 ガイーヌはオペラではなくバレエ音楽なので、YouTubeなどの映像を見るだけでも楽しめると思います。

また、ハチャトゥリアンはピアノの曲なども作っており、今回演奏する「ガイーヌのアダージョ」は「子どものために」という曲集に収録されています。

オーケストラの曲とはまた違った雰囲気なので、こちらもぜひ調べてみてください。

参考文献

リクエストを募集します

「こんな内容を扱ってほしい!」というリクエストがありましたら、こちらのフォームから入力していただけたら、ふとした時にまとめるかもしれません。