7,8年前に手伝っていた中学校の合唱コンクールで出会った曲なんですが、その時から聞くたびに、いや、楽譜を見るだけでも鳥肌が立ってしまいます。
この曲は東日本大震災で被災した地域にある福島県南相馬市立小高中学校の生徒と先生によって作詞・作曲されました(合唱編曲は信長貴富さんです)。
私自身も福島出身なので、当時の様子や作曲過程を知るだけで色々な感情が沸き起こります。
この曲の背景を知っていい曲だと思う人も多いと思いますが、音楽的な工夫によってさらにいい演出がなされている部分も多くあります。
そういったことを知った上で合唱コンクールに臨めばより良い演奏ができると思うので、今回は作曲家として気になる部分を観察して、演奏に際して工夫できることをまとめてみたいと思います。
分析
※楽譜を載せることは著作権的に難しいので、お手元の楽譜を参照しながら読み進めてください。私は「©︎2013 by Pana Musica co., ltd. Kyoto, Japan」とある楽譜を使って分析を進めます。
※小節番号の書き方は、ドイツ語の小節(Takt)という単語からTと書き、例えば2小節目ならT.2と書くことにします。
イントロ (T.0~8)
(T.0)不完全小節(拍が足りない小節)は0小節目としてカウントします。
アウフタクト(小節線より前)で始まっていますが、裏拍で始まって次の小節に入るので始まりが柔らかく聞こえます(ちなみに各セクションの歌い出しも同じようにアウフタクトから始まっています)。
(T.6)1,2拍目は半音でぶつかる音がそれぞれの和音に含まれているので、テヌート(またはアクセント)気味で強調してもいいかもしれません。
(T.8)3拍目がどのパートも休符になっています。ピアノはペダルを上げて、歌い出しの音がはっきり聞こえるように配慮しましょう。素早く息を吸うと余裕がない感じになるので、1拍かけて十分に息を吸って歌い始めましょう。
練習番号A (T.9~16)
歌い出しの「ああ」は音が下がる形になっていますが、これは言葉のイントネーションとぴったり合っています(試しに音が上がるように歌ってみると、この曲の雰囲気に全く合わないことが分かります)。
「ため息の音型」と呼ばれるものに似ていて、歌詞もため息のように見えますが、いろいろな解釈ができそうなので話し合ってイメージを擦り合わせるといいでしょう。
このセクションはユニゾン(正確にはオクターブ)で音域も低いので、さながら波が立っていない海のような、落ち着いた様子の部分です。
このセクションは全体的に言葉をはっきり歌って、ここから音楽が始まっていくことを明確にするのが良いと思います。
(T.10,12)の歌が伸ばして歌う部分でピアノが少しだけ動きますが、このように歌の合間を縫って出てくるパターンはこの後でも何箇所か出てきます。
(T.14)「思い抱いて」の部分は中学生が歌うにはかなり低い音だと思いますが、発声練習をしてしっかり深い声を出すと印象的に聞こえると思います。
練習番号B (T.17~24)
男声と女声で音高が変わり、T.19からはさらに細かくパートが分かれハーモニーが聞こえるようになります。cresc.とありますが、普通に歌っていても勝手に大きくなると思います。もしそうなっていなければ特にcresc.を意識して歌ってください。
「リズムが揃っていて音高が異なる部分」はホモフォニックだと言われますが、こういう部分はハーモニーの綺麗さを聞かせるのがいいでしょう。初めて聞こえるハーモニーはT.20の2分音符なので、綺麗に響かせましょう。
(T.22)アルトにあるファ♭はここのコード(D♭)をマイナーにするための音です。フラットがないと普通に進みますが、フラットがあることで少しカラーが変わります。ファーファ♭ーミと半音ずつ下がっていくときに低くなりすぎないようにしましょう。
練習番号C (T.25~33)
ここまで男女で歌っていましたが、男声だけで歌い始めます。ピアノの低音がなくなっていて聞きやすくはなっていますが、1つ1つの言葉がちゃんと聞こえるように発音しましょう。場合によっては息が多めの優しい声で歌ってみてもいいかもしれません。
(T.29)音量が徐々に大きくなり、内声(アルト・テノール)と外声(ソプラノ・バス)がかけ合いながら音が高くなっていくので、聞いている人の気持ちを煽って鳥肌を立たせられる格好のポイントです。
ピアノが1小節ずつコードが変わり、低音も徐々に上がっていく形になっているのであえて焦らすような形になっています。なので歌は最初から大きく歌いすぎないようにして、T.32~33までクレッシェンドできるよう調整をしながら歌いましょう。付点音符はギリギリまで音を伸ばすとさらに効果的です。
練習番号D,E (T.34~49)
いわゆるサビの部分で、T.31に控えめに出ていたドよりも半音高いレ♭が最高音として登場します。
全体が再びユニゾンになるので、「あの日見た夕日」からの言葉を聞かせるように歌いましょう。
サビはモノフォニック(T.34~37)、ポリフォニック(T.38~39)、ホモフォニック(T.40~41)が短いスパンで切り替わるので、それぞれの良さを伝えられるといいと思います。
【参考:それぞれの関心が向く部分】
モノフォニック…言葉
ポリフォニック…各パートのかけ合い
ホモフォニック…全体でのハーモニー
(T.41)ピアノの16分音符は、歌の間を埋めるように書かれています。直前のピアノの音に埋もれないようにはっきり弾きましょう。
(T.45)5声に分かれる部分は、クレッシェンドをした上で綺麗なハーモニーが聞こえる必要があります。ピアノなしでも綺麗にハーモニーを鳴らせるように練習しましょう。
(T.46)アルトとバスが主のメロディーになるので、ソプラノ・テノールに負けないように大きく歌いましょう。
練習番号F (T.50~53)
(T.51)の左手の半音階はクレッシェンドに乗って期待感を煽って、4拍目のコード(IV度調へのドミナント)で次のフレーズを導きます。
強弱はほとんど書かれていませんが、後述する(アウトロの項を参照)ように話をする風に、ルバート気味に弾いてみてもいいかもしれません。
練習番号G,H,I (T.54~79)
繰り返しの部分は前の内容を参考にしてください。
(T.63)アウフタクト、「響け」の16分音符はハ行が聞こえにくくなってしまうので意識して歌いましょう。
(T.78)1番とは違ってデクレッシェンドはせずに音量を保ちます。その後さらにクレッシェンドをする必要があるので、次のセクションがffになるように音をグッと持ち上げてください。
また、この部分はフラットとシャープの書き方が切り替わるので音の間違いにも気をつけてください。T.78の()で書いてあるソ♯は直前のラ♭と同じ高さだという意味です。
練習番号J (T.80~88)
これまでのサビはfでしたが、ここはffで始まります。普通クライマックスの部分はホモフォニックにして響きを豪華にすることが多いですが、この曲ではモノフォニックになっています。
これは言葉を強調したいからだと思うのですが、「きっとまた会おう」の「きっと」が何を含んでいるのか、「約束」とはどういう約束なのか、そういったことを十分に考えた上で、言葉に想いを乗せて歌うといいでしょう。
(T.83)ソプラノはかなり高い音が出て大変だと思いますが、その前の部分で十分に準備して6拍伸ばせるようにしてください。ここは音が小さくなるとよくないので、他のパートがソプラノを支えるように歌ってください。T.83がfffでそこからクレッシェンドをつけて歌う、と考えてもいいと思います。
(T.84)3拍目のピアノはアクセントがついていますが、約束が果たせるか分からないが「消えはしない」と断定できるように、流れを断ち切って次の部分に進めるようにメリハリをつけて演奏しましょう。
(T.85)音量はffのままですが、うるさい声というよりは決意を持った声で歌うのがいいと思います。
練習番号K (T.89~92)
(T.88)1小節でデクレッシェンドをして次からpになっていますが、急ブレーキをかけて無理に小さくするのではなく、自然に勢いが落ちてT.89でストンと落として入り直すイメージでいいと思います。
(T.89-90)歌とピアノが対話をするように作られています。休符の部分も演奏している意識を持って、伸ばしすぎないようにしましょう。
(T.92)歌が小さくなって、そこに重なるようにピアノの高音が表れます。のりしろの部分をちゃんと作って歌からピアノにバトンを渡せるようにきっちり3拍伸ばしましょう。
アウトロ (T.93~98)
T.89でピアノが話をするようにしているので、少しルバート気味で、ピアニストが弾きたいように弾いてみてもいいと思います。ちょうどエピローグを静かに朗読するようなイメージです。
(T.97)32分音符は同音連打が緊張すると思いますが、少し強くなってもいいようなので(mpになっている)焦らずに弾きましょう。テンポを極端に遅くしてもいいでしょう。
(T.98)音符が書かれていませんが、ピアノのスラーが伸びていて何もないところにフェルマータが付けられています。聞いている人が余韻を楽しめるように、十分に音を伸ばしましょう。
指揮者が振るのをやめてからも少し沈黙の時間があってもいいはずです。この曲が終わってすぐに拍手なり移動なりが入ると興醒めなので、3~5秒くらい止まっていてもいいと思います。この曲を綺麗に消化し切るためには、そのくらいの時間は必要なはずです。
まとめ
「また会おう」という言葉が、震災を前にするとどれだけ儚くて、実現が難しい言葉なのかを改めて思わされます。
今の中高生だと東日本大震災についての直接的な記憶はあまりないと思いますが、ネット上にも、周りにも話せる人は大勢いると思います(かくいう私もその一人です)。
この曲を作った小高中学校の皆さんの気持ちを少しでも掴んで、同じような心持ちで歌えるといい演奏になると思います。頑張ってください。
おまけ
指揮の解説はこちらにまとめています。
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